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​ウェブポンコラボ SS

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​彼とあなたが過ごす、一日だけのランタン祭り——。

頭上には花火が上がる。その隙間を流れるように、数多のランタンが飛んでゆく。
オレンジ色に照らされた屋台の並ぶ通路を、ロクとあなたは歩く。
周りには誰もいない。いないのだけど、それがまるで当たり前のように感じる。前からずっとこうだったみたい。

 

​

「…な、なにからする? おれは、なんでもいいよ」

「なんでも? なんでもいいの?」

 

​

ちらり、下に視線をやると意地悪っぽく笑うあなたがいた。
淡い色の浴衣から覗くうなじがどこか眩しくて、ロクはすぐさま目をそらす。

 

​

「…う、ん。なんでも」

「じゃーあ…」

 

​

あなたが少し駆け足に、どこかの屋台へ駆けてゆく。
そしてそこに置いてあった射的の銃を手にとって、ロクの方へ狙いを定めた。

 

​

「…バーン! はは、懐かしいね。これ、覚えてる?」

 

​

――覚えてるも、なにも。
まるで子どもみたいにはしゃぐあなたに向かって、ロクはゆっくり歩みを進める。
そっと、遮るように、銃口に指の腹を押し当てた。

 

​

「…まえ、温泉のとき、やったやつ…だよね?」

「そーう。やっぱり定番だね、射的は」

「…ふふ。きょうりゅうのぬいぐるみ、ずっとかざってくれてるよね。あれ、すごくうれしい」

 

​

にへら、と目を細めて笑うロクに、あなたはなんでもないように銃を下ろす。

 

​

「…当たり前でしょー。さ、次いくよ次」

 

​

しばらく歩いて目に入ったのは、プカプカと水面に浮かぶヨーヨーたち。
あなたは屈んで、そのひとつを指で弾いた。

 

​

「ロク、おいで」

「…ん」

 

​

やっとあなたの背中に追いついたロクが、隣に座る。
ぐっと近づいた距離。前なら避けられていただろう近さだが、すでに二人の間では当たり前になっていた。
ヨーヨー釣りに使う釣り針を手にしたあなたは、色とりどりの風船たちを凝視する。

 

​

「…どれがいい? 取ったげる」

「え、あ、じゃあ…」

 

​

ロクが指さしたのは黄色のヨーヨー。
だが、近くに似たような色味のものが並んでいて、どれかわからない。

 

​

「え、どれ? これ?」

「あの、そっちの…」

「あれ?」

「…いや、えっと」

 

​

あなたが指さすヨーヨーは全部はずれだった。だが、ロクに詳しくヨーヨーの絵柄を説明できる語彙はない。
焦ったロクは隣にいるあなたにもっと距離を近づけた。
その瞬間、彼の胸板があなたの腕にしっかり当たって、今まで感じていた体温とは別の熱が注ぎこまれてゆく。

 

​

「これっ、これがいい…」

「……」

「…ん…見えてる…?」

 

​

―――あ、

 

​

「これね、はいはい! オッケーオッケー」

 

​

少しだけ体を離して、釣り針をヨーヨーに通す。
意外にも無駄な力が入らずにうまいこと取れた。よかったよかった。ほんとに、うん…。
あなたは確保したそれを、ロクに押し付けるようにして渡した。

 

​

「一発で取れたよ! すごいでしょ! 得意だったからねこういうの~。ははっ」

「……」

 

​

違っていた。あなたから渡されたそれは、お目当てのヨーヨーではなかった。若干、絵柄が違う方だった。
でも、ロクはなにも言わなかった。

――だって、あなたがくれたものなら、おれはなんでもいいんだから。

 

​

「…うん。ありがとう」
 

花火3.png

「…じゃ~ん。どうでしょう」

 

​

くるり、目の前の彼が優雅に回ってみせた。
なるほど悔しいが、女の自分から見ても色気がある。
派手な浴衣ではないがその飾りっけのなさが、彼本来の持つ魅力を引き出しているように思えた。

 

​

「…似合ってるよ」

「ほんと? ふふ、君もすごく似合ってる」

 

​

初めて着た浴衣に興奮しているのか、それともなにか別の理由か。
少し紅潮した頬にゆるんだ口元は、いつもあの家に縛られている「かおくん」とは似ても似つかない。
本来の内にある彼、年相応の少年のような軽やかさがあった。

 

​

「じゃあ、行こう」

「…うん」

 

​

優しく握られた手に引かれて、あなたはかおくんの後ろを歩く。
屋台に囲まれた通路。人の影はみえないが、ぬくもりだけはそこにある。
まるで、さっきまでみんながいたのに、一瞬でどこかに消えてしまったような。そんな記憶の残滓――。

​

ふと、目の前の足が止まって、彼が振り返る。

 

​

「型抜きだって。やろっか」

 

​

こくり、頷いたあなたを導いて用意されているテーブルに向かう。
あなたを座らせたかおくんは「ちょっと待ってて」と言って屋台を訪ね、型抜きを二つ持って来た。
そして、並んで座る。

 

​

「はい、君はちゅーりっぷ。僕はうさぎね」

「……」

 

​

不満だった。どう見てもかおくんのうさぎの方が簡単そうだったから。
チューリップの絵柄は花弁の部分が細く角ばっており、どう考えても素人ができる代物じゃない。
そんなあなたを横目で見ながら、かおくんは爪楊枝をあなたの手元に置く。

 

​

「…どうしたの。かんたん、でしょ?」

「…ふん」

 

​

こうなったらやってやる、とあなたは爪楊枝を手に持って、ザクザクと板を削ってゆく。
とりあえず難所はあとにして、葉っぱの部分からだ。

​

(…必死なかお、かわいいな)

​

ふっと笑みをこぼして、かおくんも作業を開始する。
ザクザク、ザクザク…。
後ろで上がる花火の音は聞こえない。ふたりの間には、お菓子を削るだけの静かな時間がながれていた。

そうして、かおくんがふと顔を上げた。

 

​

「…よし。おわった」

「――もう!?」

「うん」

 

​

ほほ笑みながら涼しい顔をしている彼の手元には、確かに綺麗に型が外れたうさぎが鎮座している。
いや、まあ、たしかにかおくんは器用ではある。ちょっとご飯を作る才能がないだけで。
多分はじめてであろう型抜きをさらっとこなしてしまう、それに驚く自分。なんとなく昔を思い出していたたまれない。

 

​

「…ふふ。手伝いましょうか? お嬢さん」

「い、ら、な、い」

「でもそのままだとー…。たぶん君の負けだよ?」

 

​

いつからそんな勝ち負けの話になっていたのか。
完全にかおくんのペースに飲まれてしまっている。それはわかっている、わかっているが。
そういうことを言われると、勝負魂に火がついてしまう…。

 

​

「…ちょっとだけ、コツ…おしえて」

「…はーい」

 

​

待ってましたと言わんばかりに、かおくんは椅子から立ち上がってあなたの後ろに移動した。

 

​

「この場合はね、ふくざつなところをちょくせつ針で刺すんじゃなくて、周りを指で割っていくの」

 

​

耳元に声が届く。
かおくんの細長い指先が、型抜きを持ち上げる。ゆっくりと型以外の部分を割ってゆく。

​

(…指ってありなの?)

 

​

「…ありだよ。だって、るーるなんて誰にも言われてないもん」

「……」

「ほら、君もやってみて」

 

​

その体勢のまま、あなたはかおくんに言われた通りに指でパキパキと割った。
ちょっとでも余分な力を入れると、すぐに壊れてしまいそう。

​

花弁の難所の周りを割り終えて、次は残りの割り切れていない部分を爪楊枝で除いていく作業だ。
自然な流れでかおくんの手が添えられた。ふたりで集中しながらガリガリと削る。慎重に、慎重に。
ここで失敗したら今までの苦労が水の泡になる。

急カーブの箇所が終わって、狭い隙間を削り終えた。

​

(――キタ!)

​

バッと、あなたが勢いよく振り返る。
その先には、ずっと固定されていたかおくんの澄んだ瞳が待ち構えていた。

 

​

「…あ、」

 

​

パキン。
手元から無常な音が響く。

声を漏らしたのは、かおくんの方だった。

 

​

「…僕の負け」

 

​

すっとあなたから離れて、椅子に座ったあなたを見下ろす。
それから、すっと目をそらして呟く。

 

​

「…まいったな」

 

​

―――いや、

バっとあなたは立ち上がって、割れた型抜きの残骸をかおくんに見せつける。

 

​

「ちょっと、割れたんだけど! かおくんのせいでっ」

「…ごめんごめん、ごめんね」

 

​

そっと、宥めるようにして、かおくんのうさぎの型抜きがあなたの唇に押し付けられた。

 

​

「…これで許してくれる?」

「…もう」

 

​

――ああ。あまい、本当にあまい。
でも、このどろどろした甘味が癖になっちゃってる。

​

わたしはもう、どこにも戻れないんだって。

花火1.png

ふんふんふ~ん♪
と、眼前でご機嫌な背中が歩いている。

​

右手にイカの丸焼き。左手には焼きそばとたこ焼きが入ったビニール袋。
今度はいったい何を買うつもりなんだ。あなたは小さくため息をついて彼についてゆく。

 

​

「どうしたん。そんな辛気臭いかおして~」

 

​

こちらを振り返ることなく、無限胃袋怪異は言った。
そりゃ、辛気臭い顔にもなる。

 

なんてったって、いま彼が手にしている食料代は、すべてあなたの財布から出ていってるのだから。

無人の屋台。だが、温もりのある美味しそうな食べ物たちが並ぶこの空間は、ありていにいって異質だった。
だがもう目の前の彼の方が百倍異質であるからして、あなたはへんな耐性がついてしまっている。
とはいえ無銭で取って食べるのは忍びない。だから律儀にお金を置いていったのだ。

​

(…このお金も、実際のものじゃないんだろうけどさあ)

 

​

「…そんなことないよ」

「そんなことあるやろ」

 

​

やっと足が止まった。
振り返った彼の頭には、縁日かテーマパークか体育祭(一軍女子)でしか見ないようなハート型のサングラスが乗っかている。

 

​

「僕だけ楽しんどっても意味ないやん。お嬢ちゃんは? いまたのしい?」

「…あんまり」

「やんなあ~。あ、そや。じゃあ次は、きみの食べたいとこ行こや♡」

 

​

食べたいとこ、食べたいもの。
辺りを見渡す。たこせん、綿菓子、ベビーカステラ。ぜんぶおいしそう。
でもいちばん目についたのは、奥にある赤いあいつだった。

 

​

「…りんご飴」

「…りんごあめえ?」

 

​

あなたの指さした方へ振り返る。
りんご飴やらその他フルーツ飴が売っている屋台。そこだけ異様にカラフルだ。

 

​

「…あ~。あれかあ。あいまさま食べたことないわ」

「え、ないの?」

「うん~。果物とかきょーみないもん。水やん(笑)」

 

​

やわらかいイカの頭にかぶりつく横顔を見上げながら、あなたは「そうでしょうね」と眉をひそめる。
そしていじけたみたいに足元の草履をこすり合わせる。

 

​

「ならいいよお…」

「なにが? 行こうや、ほら」

「あっ、」

 

​

手を引かれる。あいまさまの大きな手があなたの手首をつかんでいた。
体温がない。なのに、どうしてだろう。体の奥が熱くなる。

​

まるで恋人みたいに誰もいない通路を駆け抜けて、キラキラの宝石をふたりで奪いに行くの!

 

​

「ほら、げっと~」

「あ、お金っ」

「ええやんかあ、そんなん」

 

​

屋台の横をすり抜ける。
大きな口をあけて笑う闇に連れられて、あなたはいつの間にか出店通路の最深部まで来ていた。
久しぶりに走った気がする。はあはあと息を整えてあいまさまを見上げると、何事もなかったかのようにりんご飴をかじっている。

 

​

「かった! なんやこれえ」

「……はは。水じゃないでしょ?」

「…歯あ折れるで、こんなん」

 

​

露骨に嫌そうな顔をして、べえっと舌を突き出すその姿は、まるで毛玉を吐き出す猫のよう。
こんな泥棒猫の面倒は、御免だけど。

 

​

「いややあ~これえ。おいしない~」

「…おいしいよ。中までかじったら」

「かじられへん~~」

 

​

ぐいっと、りんご飴が目の前に突き出される。

 

​

「たべてー」

「…私が?」

「んー」

 

​

仕方ない。りんご飴を受け取って、口に含む。たしかに硬い。コーティングされた飴が通常より硬い。
食べるには溶かすしか他ないので、ぺろぺろと一か所を舐めて溶かす。
その姿を見下ろしていたあいまさまの口角がじょじょに上がっていっていることに、気づかぬまま、あなたは必死に舐め続ける。

​

(…あ、薄くなってきた)

​

外の飴が溶けてきた。そろそろ齧れるだろうと思い、口をひらいた瞬間。
いつの間にか手元にあったりんご飴は、あいまさまが握っていた。

​

―――え、

 

​

「いただきまあす」

 

​

がぶり、ぺろり。
りんごをしゃくしゃくと噛んで、口の端の飴を舐めとる。

​

あなたは完全にフリーズした。
あれ、いま、なにが起こったの、これ。

 

​

「…ん、ん。まあ、ふつうやな。ちょっと味うすいわ」

 

​

ひゅ~……ぱんぱんっ
後ろで花火があがるなか、彼は目を細めてわらった。底がみえない、暗闇の中で。

 

​

「…お嬢ちゃんの味がする」

 

​

祟りなんて、返せるものならとっくの昔に返してた。
ひどい先人たちをのろって、のろって、その先に待つものがこんなんなら、最初から教えててくれればよかったのに!

 

花火5.png

「よっしゃ! 見たか! パーフェクト!」

 

​

腕を振り下ろしながら骨組みだけになったパネルを指さす。
周りにはあなた以外だれもいない。パチパチと、小さな拍手がひとつだけ響いた。

 

​

「すごーい。早和くん。さすが~」

「ハハハハ! まだ流石にここまで落ちぶれてないんでね」

「ギリギリだったけどねえ」

「ギリギリじゃない」

 

​

ストラックアウト用のカラフルなボールを近くのかごに投げ入れて、早和くんはあなたに向き直る。

 

​

「…景品、どうすんの」

「ん~。どうしようかな」

 

​

景品の入ったかごの前にしゃがみ込む。
なんだか懐かしい。まるで歯医者や皮膚科のあとで、ご褒美におもちゃをもらう時のような感覚。
百均で売ってるような玩具とか、キャラクターのパッケージに入った小さいチョコのマシュマロ、ガム、黒飴、etc…。

​

あなたはやけに目立っていた黒飴を手に取って宙にかざす。見下ろしている早和くんの顔がちょうど隠れた。

 

​

「…私がもらっていいの?」

「…まあ、うん」

「やった」

 

​

すっくと立ち上がる。
うん。やっぱり下から見てたほうがよくわかったな。耳のうしろの赤さとか。

 

​

「ありがとう、早和くん」

「…ん」

「…ねえ、早和くん」

「…っ」

 

​

ぐっと近づいた距離に、早和くんの肩が揺れた。
あなたはおかまいなしにその背中へ手を伸ばして、触れる。

​

(いや、ちょ――)

 

​

「やっぱり早和くんってちょっとストレートネックだよね」

「は、」

「私が治してあげる! よいしょー」

 

​

―――ゴキッ

 

​

「あああああああああああああ」

「え、早和くん! どうしたの! 大丈夫!?」

「…大丈夫なわけ…ねえだろっ…」

 

​

地面に膝をついて、はあはあと荒い呼吸を繰り返す。
胸の奥まで貫通するような、吐き気を催すような痛みが彼の体を襲った。
目の前でとっさに屈んだあなたの胸元から覗くラキスケ(ラッキースケベの略)谷間も、今は脳にはいってこない。

​

(こいつ、やばすぎる。完全に肩、はずれた……)

 

​

「ごめんね~。もう一回まえに押したら直るかな?」

「殺す気かーーッ!!」

 


.

 


一段落して、ふたりは屋台の通りにやって来た。
祭りに来るなり早々、ストラックアウトをあなたがねだってきたので、こっち側はあまり見れていないのだ。

 

​

「お~。祭りだあ~」

「(帰ったら病院いこ…)」

「あ、早和くんみてみて」

 

​

ぐいぐいと袖を引かれる。
なんだよ、と言う前に十人十色に並ぶお面を視界の端でとらえた。

​

見たこともない戦隊ヒーローのものから、般若と鬼のお面まで。幅広く揃っている。
あなたがパッと手を離して屋台に駆けてゆく。遠くでかざぐるまがカラカラと回る音がした。

 

​

「おい、待てって」

 

​

足元からパカパカと素っ頓狂な音が鳴る。クロックスのサンダルなんてはいたのはいつぶりだろうか。
てか、俺こんなの選んだっけ。
そういえば、どうやってこの祭りに来たんだっけ。

​

「早和くーん」

​

止まりかけていた足が、彼女の声で再開する。
関係なかった。べつにここがどこだろうが、この子がいるなら俺は俺でいられるのだから。

 

​

「どれがいいかな? どれが似合いそう?」

「…似合うかあ…。うーん…」

「ふふ、これとか~?」

 

​

あなたがカエルのお面を持って冗談めかして笑う。
そんなあなたを一瞥した早和くんの手は自然と、べつのお面に伸びていた。

​

かわいらしいうさぎのお面を、あなたの頭にすっと乗せる。
それから、満足したように目を細めた。

 

​

「…ああ。うん、こっちだな」

「…――」

「ん、どした?」

 

​

「ぎゃっ」

​

突然視界が遮られて、早和くんがへんな声をあげる。まるで踏み潰されたカエルみたいな。
ぐっとお面を押し付けながら、あなたはなんでもないように口を開く。

 

​

「じゃあ早和くんはパンダね。動きの鈍さが似てるから」

「おいバカ離せっ、窒息する!」

「…ふふ」

 

​

――きっと早和くんは知らないでしょう。
ここにいるのはね、私がきみとお祭りに来たいって、ずっと思ってたからなんだよ。

​

ハローハロー。
どこかのしらない神様へ。聞こえますか、ありがとう。

​

ああ、願わくばこの時間が、いっしょう終わりませんように。
どうか、私の逸る鼓動が、あなたに聞こえませんように。

 

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「おにーちゃん~…まってよお」

 

​

――しまった。
やや後ろから聞こえる甘えた声に、祐嗣は足を止めて振り返る。

​

綿菓子を持ってこちらへちまちまと歩いてくるのは、妹であって妹ではない。
だが、彼があなたの「兄」である事実は、どこにいったって消えない烙印だ。

 

​

「…ほら、手」

「…う~ん」

 

​

祐嗣の大きな手のひらにあなたの手が乗っかる。
そしてきょろきょろと辺りを見渡して、狩りをする肉食獣みたいに目を光らせた。嫌な予感がする。

 

​

「あ、あれやりたい!」

「…お前なあ」

 

​

予感は見事的中。あなたが指さした先にあったのは、祭りでは定番の当てくじだった。
何本かある紐を引っ張って、その先にある景品をゲットするという…。いわゆる、あれだ。これってギリギリ一歩手前だろみたいな、悪徳商法に近い大人だけが楽しいアソビ。
本当に景品が入っているのか疑いたくなる兄をよそに、無邪気な妹は足を進める。

 

​

「…何がほしいの」

「おもちゃ~」

 

​

(おもちゃって、おいおい…)

​

項垂れるようにして、祐嗣は眉間をおさえた。
まあ、妹がこうなってしまったのは自分のせいだし、今さらどうこうできることでもない。

​

「なにか」と混ざり、完全に幼児化してしまったあなたの思考は読めるようで読めない。
したいと言い出したことをその通りにやってやると、逆に不服そうな顔をして怒り出したりするのだから。完全に二歳児のそれだ。
恋人気分ではなく育児気分のまま、祐嗣は屋台の景品一覧を眺めた。でも、手はずっと握ったまま。

 

​

「…自分でやるか? やるなら綿菓子持っててやるから」

 

​

空いた右手で綿菓子に手を伸ばそうとすると、あなたはイヤイヤと首を振った。
自分の綿菓子が奪われるとでも思ったのだろう。
口先がとんがって、頬がふくれている。こうなったらもう聞かない。

 

​

「…じゃあお兄ちゃんがやるんだな。あとで文句いうなよ」

「おもちゃとって!おもちゃ~!」

「はいはい…」

 

​

遠慮なく背中をバシバシと叩いてくるあなたをあしらって、祐嗣はくじの紐に手を伸ばす。
べつにドンピシャでお目当ての景品を当ててやろうとは思っていない。いないが、妹の気分が悪くならないものであれと願いながら、握ったそれを勢いよく引っ張った。

​

紐の先に繋がっていたのは、おもちゃではなくヘアピンのセットだった。
夏っぽいモチーフのピン止めがズラッと並んでいる。そういえば昔、こういうのが大量に売っている店に連れていかれたことがあったなあ。あれは本当に居心地が悪かった。ショッピングモールに行ったら、いつも俺は荷物持ちの召使いだ。
そんな昔のことを思い返しながら、祐嗣の目線が下に移動する。

 

​

「わあ~! かわいい!」

 

​

「だろうな」と思いつつ、ピン止めセットを手渡す。
あなたはキラキラした目でそれを眺めている。いつの間にか綿菓子は、祐嗣の右手に収まっていた。

 

​

「…つけるか」

「おにーちゃん、つけて!」

「ん?」

 

​

――ぐっぐっ。
と、祐嗣の襟を引っ張って目線を強制的に合わせながら、あなたはいそいそとヘアピンを髪につける。


髪色は変わった、髪が伸びた。でもちょっと癖のある髪質は変わっていない。

そんな兄の前髪を避けながら、わらう。

 

​

「ふふ。かわいいねえ、おにーちゃん」​​

 

​

見たことある。見たことあるんだよ、これ。このかお。
綿菓子を持つ手が震えた。目線が勝手に泳いでしまう。


瞳の奥にいるのは、たしかに「あいつ」だった。

今は、この時だけは、もしかしたら、戻ってきているのかもしれない。

​

けど―――。

 

​

「…あんま、見るなよ」

 

​

とっさに顔をそらして背中を向ける。
振り向けない。いま、この顔をみられたら終わるから。

​

「まってえ~。おにーちゃん~」

またあなたがとたとたと甘えた声で追いかけてくる。


ただ祐嗣の歩幅は、いつもより少しだけ遅かった。

もうなにも、急ぐ必要がなかったことを思い出したのだ。
 

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