
夏本番。
猛暑を振るう外気の熱には耐えられない。
腐ってもインドア派の湊とあなたは、そんな理由でお家デートを選んだ。
だが、夏の魔物は彼らをどこまでも追い詰めて、苦悩を費やす。
何故かこのタイミングで故障してしまったエアコンは、へんな生暖かい空気を放出するだけで、一向に冷たい風を送る気配はない。
それを見上げる湊は、音の鳴らないリモコンを押してみるが、やはり復活する見込みは薄いとみえる。
「…ダメだ。死んでる」
「大家さん…呼ぼうか」
「いや…今日はいいよ。あんたに帰ってもらうことになるし」
とはいえ本音を言えば、今すぐにでも業者を呼んで直してもらいたかった。
けれど、あなたが目の前にいる手前、エアコンがないと暑さに耐えられない軟弱な男だとは思われたくない。
もちろんあなたの体調も考慮しつつ、扇風機だけで限界がくれば、近所のコンビニにでも駆け込めばいいだろう。
なんて…湊の非合理的な考え方も、いま思えばすべて、夏の暑さからくるウロボロス現象だったのかもしれない。
「…まぁ、扇風機もあるし大丈夫でしょ」
──ピッ
ぜんぶ、夏のせいだ。
勝手極まりない合図の音が、静かに鳴った。
.
ミーンミーンミーンミーン…
…ミーンミーンミーンミーン…
「……はぁ、はぁ…」
「…あ、暑い…ね。はは…」
ジージージージージージー…
…ジジッ…ジジジ…
「…はぁ…はぁ……む、むり…」
「…さすがにちょっと…暑すぎる…かも…」
──これはまずい。
もはや扇風機などは、熱風をぐわんぐわんと送ってくるだけのモンスターと化しており、悪循環を引き起こす装置でしかなかった。
湊は、フラフラする頭で立ち上がり、冷蔵庫の扉をひらく。
その瞬間、ふわ~っと顔全体に涼しい風が頬をかすめ、たちまちその流れる汗を冷やしていった。
最終兵器。これしかない。
はぁ…はぁ…と荒い息を続けながら、湊はちょいちょいとあなたの方へ手招きをする。
「…そんな……湊くん…」
「…入ってみな。飛ぶぞ」
「…湊くん……」
「おわ~~~」
即落ち二コマ。
目の前のオアシスから目を離せなかった彼女は、湊の隣に座って同じように冷風を浴びた。
他人の! しかも彼氏の家の冷蔵庫で! こんな禁忌をはたらくなんて…。実家でもこんな悪行したことないよ…。
そんな罪悪感が、あなたの心に重くのしかかる。
あとで電気代払うから…と、申し訳なさそうに告げるあなたを傍目に湊は、ふっと笑って麦茶の入ったペットボトルを取り出す。
「…いいよそんなの。とりあえずお茶飲もう」
トクトクトク…
テーブルの上。
湊の手によって、透明なガラスに注がれてゆく麦茶を見ながら、あなたはエアコンを見上げた。
やはり、壊れたまま。動くような気配がしない。諦める他ないのだろうか。
「…あ。氷…作るの忘れてた」
「…なくても冷たいよ」
あなたは、湊から受け取ったグラスを両手で覆い、手に集中した熱を相殺させる。
そうしてどちらともなくグラスを傾け、渇いた喉に水分を流しこんだ。
ごく、ごくと喉に流れる音は、もはや夏の季語と言って差し支えないだろう。
毎年、必ずといってもいいほど更新される最高気温。
この地で生きている限り、こういう事態は避けられない。
麦茶セックスなんて言葉もあるが、この時の二人にはそん なことを考える余裕さえなかった。
あつい。とにかく、あつい。
クラクラする視界。蒸れる髪。湿る肌。
一滴ずつしたたる汗は、ダラダラと、まるで死刑執行を待つ気分である。
…だから。そう、だからなのかもしれない。
麦茶を飲み干し、グラスをテーブルに置いた湊は、汗で濡れた前髪をかき分けて目の前のあなたを見た。
確か、なにかを取ってほしい。と頼もうとしたのだ。
頭のなかでは。
「……ねえ…」
「…ん…?」
「…パンツみして」
「…えっ…。あ、うん」
「………」
「………」
顔を見合わせる。
あなたの目に映るのは、なんの翳りもない湊の瞳。
そして、鏡のように反射したお互いの赤く染まった頬。
比喩ではなく、暑さのせいで本当に時計が…時間が止まってしまった午前三時。
近所の公園で遊ぶ子どもたちの声が、耳に入ってすり抜けた。
「「?」」
…え、なんて??
.
「…湊くん…。も、もう」
「…………」
「…お、おろしていい…?」
「……あ…」
「えっ?」
「…太もも、汗かいてる」
「…っ…」
(なんで、こんなことに…!)
自分のスカートをまくし上げた視線から見えるのは、湊の肩と少しはみ出した髪の先だけ。
室温だけじゃない。羞恥から体に湧き出る熱に、どんどん赤くなっていく顔。
隠したくても、両手でスカートの裾を持ち上げている以上は、どうすることもできない。
もしも、彼女が今ここで手を離したとすれば、自分のスカートの中に、彼の顔がすっぽり収まってしまうという更に恥ずかしい事態になるだけ。
それなら、まだこちらの方が耐えられる。
暑さにやられた湊の言い間違いから始まった、このプチ羞恥プレイ。
彼女からすれば死ぬほど恥ずかしいだろうが、湊からすれば普段は絶対にこんなこと言い出せないので、朦朧とする意識のなかで彼女の匂いを楽しんでいた。
こんな書き方をすると彼の沽券に関わりそうだが、事実なのだから仕方がない。
しっとりとした太ももは、膝で立っているためやや開いており、内側からは妙になまめかしい雫が滴っている。
その合間に、徐々に近づく鼻さき。
見るだけで終わるはずがないと、勿論あなたも分かっていたが…。
「…いや、絶対…におう…っ」
「…………」
「…匂うからっ…一回…シャワーに…」
「…すーーー…」
「湊くん…っ!」
こんなの絶対正気じゃない…。
もう天井を見上げることしかできないあなたは、秘部に湊の息がかかるたび、つい動いてしまいそうになる足に力を込めた。
キュッと閉じる瞳。瞼の裏側でも、暑さと羞恥は追ってくる。逃げ場なんてどこにもない。
けれど、彼を払いのけることなんて…ますますできっこないのだ。
(…すごい…息が、かかって…)
──ちゅう…
「──ッ!」
(なに⁉)
急に襲ってきたのは、チクリ、なにかに刺されたような感覚。
途端、それが快楽へ落ちてゆくので、そこで初めて気づいた。確実にいま、突起した陰核を吸われている。と。
…はむ……ちゅ…っ……ちゅう…
下着越しに膨らんだそれを、湊の唇が吸い込み、舌先を使って細かに動く。
普段なら隠れているはずの突起は、内側から這い出てきたことによって布と擦れ、またその先に待つ彼の温かい舌が、全体を大きく包み込む。
二重になった快楽は、クリトリスだけではない。
太ももに添えられた湊の手のひらの熱も、彼女の裾を持つ手を狂わせる。
夢中なのだろうか。
少しだけ食い込んだ彼の指先さえも、激しく求められているような気がして、頬の熱が上昇した。
「…っ、ん……みな…」
「…ちゅ……っはぁ……ちゅっ…」
「…まって…、い…や…」
──ちゅく……はむ…っん……ちゅ、う…♡
クリトリスを刺激されるたび、膝小僧に込めた力が抜けてゆく。
どんどん増していく熱と、外だけではなく中から手招きする淫靡な誘惑にあなたは、耐えようとしても耐えられなかった。
次第に、渇いた布を吸っていた音にまじって、ちゅくちゅくと、湿りけのある水音が耳に届く。
自分にも聞こえているのだから、きっと彼も気づいているだろう。
こんなことで濡れてしまうなんて、どうしよう。恥ずかしい。
そんな、グルグルと巡る思考のなかで、湊の動きが止まり、あなたは嫌な予感を感じつつも視線を落とした。
(ぜ、絶対に言う…)
「…っはぁ…。あれ…」
「…………」
「…濡れてるじゃん…」
(──やっぱり…!)
今ならなんとなく、流してもらえるんじゃないかと考えていたあなたは、気づかれてしまったという更なる羞恥で
唇を結ぶ。
分かってた。分かってたけれども…。
「…ん…っ…ちゅ……ねぇ…なんで濡れてるの…」
「……そ、れは…っ」
「なんか…期待してる?」
そうやって、少しいじわるな声音で口を開いて、またいいところを刺激する。
湊の吐息と唾液も相まって、更に濡れてゆく下着は、すでにその役割を果たせていない。
くっきりとにじみ出てきてしまった割れ目と、ぷっくりとした陰核のなんと愛らしいことか。
隠そうにも隠せない。なにも考えられない頭でも、彼女が手を離せないことは、湊も分かっていた。
それに、彼女の匂いが充満するスカートの中。通気口がなければ、欲情は苛烈を極めるだけだ。
(…俺は…そっちのがいいけど…)
「…ちが…っ…ん……はぁ…」
「…ちゅる……ちゅ……なに…? 言って…」
「…そ、んな…っ……あっ……う…」
ちゅく…っ…ちゅ…♡ ちゅる…ちゅる…♡
与えられ続ける刺激。
中から溢れて来る愛液を太ももにこすり付けても、快楽を逃がすことはできない。
いつの間にかその厭らしい音が、常に部屋に響き渡ってゆく。
ガクガクと震える足元。それすら、あなたの視界からはどうなっているのか分からない。
自分の秘部だって、今どんな状態なのか…。
───ブー…ブーッ
「…ん…っ…ふぅ……じゅ…」
「…み、湊…くん……っ…でんわ…」
───ブーーブーッ
鳴り続けるバイブ音。
気づいていないのか、それとも…。
顔が見えない不安、鳴り続ける電話の音、どこまでいくのか分からない快楽。
そして何より…ずっと好きだった憧れの人が自分の秘部を舐めているという罪悪感と、愉楽。
ぜったいにいけない。こんなこと思っちゃだめなのに。
ずっと、遠くから見てた。
学生時代の、いつも思い出す彼は、横顔ばかりだ。
正面から見たことなんてあっただろうか。
その目に私が映ることなんて、絶対、一生、ないと思ってたんだよ──。
(湊…くん…)
裾を持っていた右手をついに手放して、目の前の彼に手を伸ばす。
思ったよりも広い肩、骨ばったそこに手を添えると、なんだかとても安心する。
「…あ…っ…」
「…え……」
刹那。同時に声を発して、気づけば視界が眩んでいた。
──グンッ
ふらついて、そのまま後ろに倒れ込みそうになったあなたの背中を支える湊の腕。
幸い、後ろの本棚に背中と頭をぶつける寸でのところで、難を逃れたらしい。
「…あっ…ぶな…」
「…………」
「だ、大丈夫? 頭うってない?」
(…顔…かっこいいのに……口…私ので濡れてる…)
朦朧とする意識のなかで次に暑さにやられたのは、あなたの方だった。
その体勢のまま、すっと右手を伸ばす。
これがもしも夢だったら、ここから何をしても許されるんだろう。
けど、ちゃんと触れられる。手のひらと同じくらい、熱い頬。
「……すき…」
──ちゅ…
遠くの方で風鈴の音が聞こえる。夏の魔物が去っていく合図だ。
もう、誰も夏のせいにはできない。
