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『某所、とあるコンビニにて』

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​本編前、ロクがコンビニでバイトをする話


 


 

お金がない。では、働くしかない。

 

某所。
とある路地を曲がった場所にかまえた、大手コンビニチェーン。
すこし歩いたところに駅があり、高校もある。かなり奥まった場所にあるが、それでもコンビニを利用する顧客は多かった。

そこの店長は、本当に純粋な動機でひとりの青年を雇うことにした。
目が合わない、さらに髪もぼさぼさで見るからに挙動不審。
どこか怯えた様子で深夜のコンビニに、客としてではなくアルバイト希望として入店した彼──名前はロクというらしい。

この際野暮だ。店長はこの地域の治安の悪さも知っていた。なので、ロクの詳しい素性や生活はあえて訊かないことにした。
かくいう彼も、いっぱしのアルバイトから店長へと成り上がった。ゆえに、地域性もよーく身にしみている。
大学生のアルバイトがひとり、レジに立つコンビニ内のバックヤード。志望動機を聞けば、お金がないから働きたい。そりゃそうだ。

 

店長は、そんな住所不詳の青年を採用することに決めた。
同情も、すこしあったのかもしれない。

休憩室から漏れるテレビCMの音。
もうすぐ好きなタレントが出る番組が、始まりそうだったのだ。

 

 

「えー…これってー…コンビニから出せないの?」

「…たぶん、郵便局じゃないすかね」


 

ピ、ピッ。


 

「はい、レシートどうぞー」

「………」

「あ、ちょレシートはぁ!? 無視すんなおい!!」


 

深夜二時を回ったコンビニ内。

こんな時間から荷物の発送(コンビニで扱っていない郵便物)をする男性、なんの仕事をしているのかわからない店員をガン無視する女性。

もちろん、今レジを担当している二名の店員にも問題はある。だが、治安が壊滅的に終わっていた。
やる気のないマッシュ頭のフリーターと、目の下になめくじを飼っている地雷女。日中はパートさんが担当しているため、ここまで終わっているわけではない。
夜になると判断力が鈍る、だから全員雰囲気で生きていた。

 

そんなレジ付近から離れ、総菜コーナーで商品の入れ替えをしているロクも、またなんとなく雰囲気で業務を行っていた。

採用されて、一週間ほどが経った今日。
未だに陳列はうまくできないし、賞味期限も消費期限もいまいちよく分かっていない。
賞味期限切れで、破棄しなければいけないお弁当を見ていると、お腹が空いてくるので仕事どころではなくなるのだ。


 

「(…お、おいしそう…。たべたいなぁ……)」


 

両手で手に持って、見つめる数秒間。
これは棄てるものだと言われても、ロクからしてみればそれはそれはご馳走で、廃棄するなんてとんでもない。

賞味期限切れの商品を青いケースに入れて、新しい商品に入れ替えていく単純な作業。
最初のころはぐちゃぐちゃになっていたが、今はそれ相応に並べている。
サンドウィッチやハンバーガーなど、軽くて縦に陳列する商品は問題ないが、お弁当のように上に重ねて置いていく商品は、ロクの大敵だった。

(…あっ。これは、後ろに…おいて…)


 

「…あのー」

「(…ならべる時は……えーっと…)」

「聞こえてる?」

「(…な…なん、だっけ…)」


 

「──すいません!」

「ひッ」


 

急な大声に驚き、振り返るロク。
その衝撃でつい商品を落としてしまいそうになる。

咄嗟に振り返ると、金髪短髪の若い男性と目が合った。


 

「電池とかってどこに売ってる?」

「……え…ぁ、…でん…」

「………」

「…あっ、あっち…」


 

なにがなんだか分からないまま、曖昧な方向を指さすと、その男性客は「あぁ」と腑に落ちたような声で中腰から立ち上がった。


 

「あざっす」


 

あ、合っていたのだろうか。
ドキドキしながらその背中を見つめロク。

奇跡的に指さした方角に電池が置いてあったらしい。
男性客がそのままレジに向かうのを確認して、ロクは安堵のため息を吐いた。


 

「ロクくーん」

「──お、あッ」


 

と、安心したつかの間、再び後ろから声をかけられてビクっと肩を揺らす。

駐車場で客の対応をしていた店長が帰ってきたのだ。


片手にほうきを持って、ロクを見下ろすその表情は、笑っているのか怒っているのかよく分からない。


 

「お客さんには敬語で話さないとダメだよー」

「……う、ぁ」

「…「は…」?」

「…は、はい…」

「商品は?」

「……あ、」

「「あちらです」」

「…あちら、です」

「………」

「………」


 

「うん、オッケー」
少しの沈黙の後、店長は少し目尻をさげて、ほうきを持ったままレジへと向かって行った。


やっぱり、声は柔らかいけれど怒っているようにもとれる。

ロクはコンビニで働くようになってから、施設にいる時よりも人の感情に敏感になっていた。
やっぱり大人は怖いし、何を考えているのかよくわからない。


 

「休憩はいりまーす」


 

ふと、マッシュ店員の声が聞こえてレジの方へ振りむくと、彼はロクの方にずんずんと歩いて来た。

休憩室はレジの隣なのに、なぜ!?と身を縮こませるロク。
そんな、小さくなっているロクを気にすることなく、マッシュ店員は青いケースに入った賞味期限切れの商品を覗き込む。


 

「なんしよー」

「うちも休憩でーす」


 

と、地雷店員も同じようにパタパタとカールのかかった髪をなびかせ、こちらへやって来た。
そして、マッシュと一緒にケースを眺める。


 

「これやっぱ人気ないね~」

「カロリー気にする客いないしね」

「うちは今ダイエットちゅうだからー…これとこれ~」


 

二人の会話を聞きながら、ロクは入れ替え作業の手をとめて、頭に「?」を浮かべていた。
いったい、なんの話をしているのだろう。


 

「…ロクくんも休憩だし、選べば?」

「……え…」

「この時間ひと来ないから、休憩するなら今のうちだよ~」


 

パッと、二人がロクに視線を向ける。

その手には、廃棄するはずの商品があり、さもこれから休憩中に食べますよ。という雰囲気にロクは困惑する。

だが、選べと言われて、ここで選ばなければ怒られるかもしれない。
そんなふうに考えて、ロクは慌てて一番隅のスパゲッティを手に取った。

 

 

休憩室の中は、店内に比べると少し暗いように感じる。

真ん中に置かれてあるテーブルで、各々の隙間時間を過ごす店員たち。


せっかく流れている深夜のお笑いバラエティも、観客がいなければ味気ない。
スマートフォンに夢中な二人と、テレビどころではない、初めて食べたカルボナーラスパゲッティに感動するロク。

賞味期限切れの商品を食べるなど、普通あってはならないし違反ギリギリだが、そこまで味が変なわけでもなし。
もったいないので、たまにこうして廃棄分を食べることがあるらしい。


 

「…あ、充電やばい」

「貸そうか?」

「頼むわ」


 

ガタン、サンドウィッチを食べ終えた地雷店員が立ち上がって、自身のロッカーを開ける。
ガサガサとバックを漁り、なにかで汚れた表面がカビカビの充電器を取り出すとマッシュ店員の方へポイっと投げた。


 

「ほいっ」

「雑かい」

「…そういやさぁ、ロクくんってどこ住んでんの?」

「…、うえっ」


 

いきなり言葉を投げかけられ、ボールをうまく受け取れなかったロクは、ゴホゴホとスパゲッティを喉に詰めそうになる。
フォークを置いて、バッと地雷店員の方を振り向くと、13.2mmの瞳がこちらをじっと見ていた。


 

「……な、なに…?」

「家。そういえば聞いてなかったなーって」

「…い、いえ…」


 

どうしよう…。
ロクは悩んだすえ、正直に近くの公園で過ごしていることを告げた。

きっとこんなこと言ったら変な顔をされるだろう。
実際、仕事がはじまるまでの日中ずっと公園にいると、子ども連れの母親や道行く学生に妙な視線を向けられる。だからあまり言いたくはなかった。

だが、そんなロクの考えとは裏腹に、彼女はなんの動揺も見せずに「へー」とロッカーの鍵を閉める。


 

「三角公園かぁ。あそこ日当たり悪いよねー」

「…そこってなんか変なおじさんいない? 俺いっかい声かけられたんだけど」

「…お、おじさん…」

「あー…。うちも見たことあるかも。なんかさ、夕方になると帰ってる小学生の数数えてたって噂あったよ」

「マジで? こわ…」


 

そんな人、いたかな…。
ロクは二人の会話を聞きながら、のそのそとスパゲッティに手をつける。

(…この人たちは、変なかお…しない。こういう人もいるんだ)

 

──なんだか、懐かしいな。
施設にいる友人も、ロクを妙な目で見たり邪険に扱うことはしなかった。たまに意地悪をしてくる上級生はいたけれど。

それは、ロクの境遇をよく理解しているし、同じ思いをしてきたからできることだ。
そんなことをまだロクは理解していない。
ただ、ひとりでいる日中の公園よりも、深夜の休憩室の方が何倍も居心地がよかったことは確かであった。

 


 

「……く、び…?」

「うん、クビ」

「…え、…あ」


 

ロク自身も薄々感じていたその言葉は、実際に目の前で突き付けられると思っていた以上にダメージが大きかった。

しょんぼりと肩をすくめるロクに、店長はバツの悪そうに眉をひそめて初日に預かっていた履歴書を差し出す。


 

「まぁ、頑張ってくれてたんだけどね。パートさんが夜も入れることになって…」

「………」

「…あ、そう。で…これね、今までのお給料」


 

「はい」

と、差し出すその声に、ロクはパッと生気を取り戻したように顔をあげる。


露骨な反応だが、彼にとっては初めての報酬。初めて自分の力で手にしたお金だったのだ。

受け取って、茶封筒を開いてみると顔をのぞかせる諭吉たち。施設を出て行く時にもらった金額の倍はある。
ロクはパァっと笑顔を浮かべて、それを頭上に掲げてみる。
施設の友人が言っていた通り、紙のお札を光にかざすと違う模様が見えてきた。


 

「……あ、わ」

「…ロクくん。言う事は?」

「…え、あ…」

「あり…?」

「──あッ、ありがとう…ござい、ます…!」


 

「よろしい」
店長はそう言いながら、すこし困ったような顔ではにかんだ。
そして、ロクの肩にポンと手をかざす。


 

「ここじゃなくて、別の町に行った方がいいよ。隣町の方が治安はいいから」


 

その言葉を聞いたロクは、初めてもらったお給料を握り締めて、二週間お世話になったコンビニを後にした。

レジからその背中を見送って、バックヤードに入ったマッシュ店員はパソコンに向かう店長の傍で湿った煙草の火をつける。
勤務中だと注意をいれる同僚は、ここにはいない。


 

「…ちょっと厳しいんじゃないすか」

「…彼は、金が必要だから…仕方ないから仕事をしてただろ。それじゃいつまで経っても基本動作は身につかないし…」

「………」

「…もっと、本気になれるような…なにか生きる道理を見つけられるようになってほしいんだよね」


 

ふっ。
そんな綺麗事いう人いるんだ。マッシュ店員は目を逸らして、口角をあげた。


 

「そこまで高尚な大義背負って仕事してる人間、いませんよ」

「…まぁ、」

「………」

「そうなんだけどさ」

 

 

店長が善意でロクの給料袋に忍ばせた二千円。もちろん彼は気づいていない。
初めての仕事はクビになってしまったけれど、こんなにお金をもらえた。うれしい。
ホクホクと高揚する気持ちで、ロクは自動販売機の前に立ち止まって並んだジュースのラインナップを眺める。

(…が、がんばったから……いいよね…)

 

──ガコン

かわいいキャラクターが描かれたオレンジジュースの缶を、取り出し口から抜き取って、タブを引っ張り缶を開ける。
ぐっと喉に流しいれると、すべての細胞が活性化するのを感じる。全身にしみわたって、疲れが一気に吹き飛ぶようだ。


 

「…おいしい」


 

店長に言われた言葉。ここではない、隣の町。

まだ足を踏み入れたことすらない、その町にはなにがあるのだろう。
恐怖と好奇心は半分ずつ誰かに持っていかれた。そうやってまた、少しずつ歩きはじめてゆく。

 

──ロクがあなたと出会うまで、あと一年。

© 2025 蜉蝣lantern

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